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広島高等裁判所岡山支部 昭和25年(う)752号 判決 1952年2月06日

控訴人 被告人 上西忠雄

弁護人 山本玄吾 外一名

検察官 志熊三郎関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人山本玄吾、同柏木貞一の控訴の趣意は同人等の各提出した控訴趣意書記載の通りであるから各これを引用する。

弁護人山本玄吾の控訴趣意書第一点について

論旨は要するに、原判決には、従犯並びに未遂犯の主張に対する判断を示さない違法があるというのであるが、原判決は被告人上西の本件所為を以て、原審相被告人鳥越勇等との共同正犯なりと認定しているのであつて、右と両立し得ない従犯の主張は、これを否定する趣旨であること、判決文上自ら明らかであるから、その外にさらに右主張を掲げこれに対する当否の判断を示す必要はないものと謂わねばならない。また所論未遂の主張に対して、刑事訴訟法第三百三十五条第二項の判断を示す必要のあるのは、中止未遂の主張された場合に限るのであつて、本件におけるが如く単なる障碍未遂の主張に対しては、同条第二項の要求する判断を示す必要はないのである。よつて右論旨はいずれも理由がない。

同第二点について

論旨は、(一)原判決は未遂犯と認定すべき案件を、既遂犯と認定しているので重大なる事実の誤認、ないしは法律の解釈について誤りを犯している。(二)また原審には、弁護人が未遂の立証として申請した現場検証を却下し、よつて実体真実発見主義の法則を無視し、かつ弁護権の行使を不当に制限した違法な手続がある。というのであるが、原判決に挙示した各証拠を綜合すれば、被告人上西は、同人方において、原判示の如く、原審相被告人鳥越勇外二名と、「右鳥越は宇野線由加駅附近を進行中の貨物列車から、積載貨物を蹴落し、被告人上西を含むその余の共犯者は、その投下予定地に待機して直ちにこれを他に持ち去ること」を共謀し、かつ、その時間、隠匿場所、投下予定地等をも予め協議検分の上、判示日時頃計画通りにこれを実行して、原判示貨物を、由加駅より西方約三百米の原判示地点に蹴落し予め待機中の上西等共犯者の一部において、直ちにこれを予定の隠匿場所に運搬すべく押し転がしている際、人の気配を感知してその場より逃走した事実を優に認定し得るのであつて、たとい所論のように本件鉄道線路敷地が国鉄の実力支配に属し、かつその落下地点が由加駅附近で、同駅職員の監視可能の区域内であつたとしても、右認定の如く、被告人等数名の共犯者が夜間のある時期、ある場所を予定し、投下貨物を機を逸せず持ち去るべく、張込待機している場合の如きは、その地域が駅ホーム内であるとかその他特別の事情の存しない限り、その期間、その地域に対する国鉄の実力支配は、被告人等の実力によつて一時的に奪われているものと解せられるから、共犯者の他の一人である鳥越において、進行中の貨物列車から、この予定地に向つて窃かに貨物を蹴落したその瞬間その貨物は国鉄の支配を脱し、被告人等の実力支配内に置かれたものと見ることができるのであつて、現に本件においても、被告人等は、判示貨物を機を逸せず他に持ち去るべく押し転がしていたのである。原判決はこれと同旨の見解の下に、挙示の各証拠によつて本件を窃盗の既遂犯と認定したもので所論のように事実の誤認も法律の誤解もない。

よつてつぎに、はたして原審に所論のような違法な手続があつたか否かについて判断するに、原審が所論のような証拠調の請求を却下したことは原審公判調書の記載によつて明らかであるが、訴訟関係人の証拠調の請求に対して、その請求を容れて、証拠調を行うか否かの判定は、一つに裁判所の裁量に委ねられているところであつて、その請求を却下したとの一事を以て、直ちに実体真実発見主義を無視し、かつ弁護権の行使に不当な制限を加えたものとして、非難し得ないことは勿論である。しかして本件記録を精査し、本件事案の真相と申請に係る右証拠の関連性、重要性の程度等を判断して見ても、原審の措置に所論のような違法はない。よつて本論旨はいずれも理由がない。

同第三点について

原判決に、虚無の証拠による事実認定の違法があると非難する本論旨の理由のないことは、既に第二点について示した判断によつて自ら明らかであるからここに再論しない。

同第四点及び弁護人柏木貞一の控訴趣意について、

論旨は要するに原審の量刑重きに失するというに帰するが、本件記録を精査し、各弁護人所論の各情状を参酌しても、原審の量刑重きに失するものとして、判決を破棄すべきものとは認められない。従つて本論旨もまた理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 林歓一 裁判官 幸田輝治)

弁護人山本玄吾の控訴趣意

第一点原審判決の刑事訴訟法第三百三十五条の違背 刑事訴訟法第三百三十五条第二項には、刑の減免の理由となる事実が、主張されたときは、之に対する判断を示さなければならないと規定せられてゐる。処で第一審公判は、昭和二十五年八月十九日、玉野簡易裁判所で開廷せられ、原副検事は起訴状を朗読して公訴事実を陳述し、控訴人上西と相被告人鳥越勇とを窃盗の共同正犯として起訴した。之れに対して上西弁護人山本玄吾は上西忠雄が窃盗の共同正犯としては疑しく、自転車を貸したり小屋を探したりして窃盗の幇助をしただけである。又本件は未遂犯である。即ち窃取せんとした、スフ綿の梱りは蹴り落したのみでそのまま線路の傍の国有鉄道の敷地上に放置したのである。即ち幇助と未遂とを主張した。換言すれば弁護人は刑事訴訟法第三百三十五条第二項に規定する、所謂刑の減免の理由となるべき事実を主張したのである。(刑法第四十三条同第六十二条同第六十三条及刑事訴訟法第三百三十五条参照)そこで、原審判決はこの点について、特別の判断を示すべきであるにも拘らず、原審判決を検討すると検事の起訴した事実をそのまま証拠の標目を掲げて判定したに過ぎない、それでは前記の如く弁護人が主張した特別な事実に対して、原審判決は積極的に判断を示したとは云へない。或はその点は全く忘却看過せられて、判断の対象とはならなかつたものと見える。右弁護人の主張事実は前記の如く刑の減軽に関する事実であるのであるから、原審判決は須べからく、その点に対する当否の判断を、判決に積極的に明示し、而して、判決の公正と権威とを示すべきである。然るに原審判決は前述の如く、刑の軽免に関する重要なる事実に対する判断を逸脱し、その事実に対する判断を判決に示さないのであるから、法令の違背を免れないものと思考する。

第二点本件犯行の場所は、宇野線、彦崎駅方面に至る由加駅を離る約三百米の地点である。鉄道敷地は運輸省の所管で、同省の占有支配に属する。由加駅の責任者は運輸省所管の事務を執行しているのでその構内は勿論、構外と雖も事務執行の安全と保護のため適当なる範囲がその監視ケン内にあるべきは当然である。本件犯行の場所は由加駅構内に接近しているので盗品の存在場所が構外でも、構内から容易に現認できるのである、然らば、その地点が由加駅責任者の監視ケン内にあつて、実力支配内であるものと云はねばならぬ、さらばこそ本件犯行後間もなく、被害の事実を由加駅員が発見し、その届出でをしてゐるのである。して見ると、運輸省の占有敷地内に盗品が存在することは勿論、由加駅員の監視ケン内即ち実力支配内に本件盗品は現存したものである。だとすれば被害者である、運輸省、その運輸省の事務を執行する、由加駅責任者の実力支配の範囲内から、本件盗品、即スフ綿三梱は離脱して居るものではない。

又本件盗品を運搬しようとした大野等は、その措置をやめ、盗品を、そのままそこに放置して逃げたのであるから犯行者に於ても未だ本件盗品に対して独立支配をかく得しては居らない。どの面から見てもいまだ本件犯行は完遂せられてはゐない、即ち未遂である。之を既遂犯と認定した、原審判決は重大なる事実の誤認の法令違背又は法律の解釈を誤りたる違法あるものと考へる。又本件が既遂か末遂かは、刑の軽減に関する重大なる点であるので、之れを明白ならしむるは当然である、そこで弁護人はその点を明白にするため原審で犯行場所の検証の申請をした。処が原審は右申請を拒否した。それがため当然究明すべき刑の減軽に関する重大なる前記の事実は遂に明白にせられないで終つた。換言すれば事実に対する確信を得るに足る証拠を逸したのである。この事により原審判決は、真実発見主義の法則を無視し且つ弁護権を不当に侵害したる法令違背を免れないと考へる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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